2012年5月27日日曜日

前回の続き


 前回割と辛辣な事を書きましたが、珍しく勢井の制止もなく、むしろ自分にも書かせろとばかりに最後に淡々と、これぞ!という彼女らしさを見せてくれました。素晴しい一撃だったと思います。よくやったぞ、勢井ちゃん。それぐらいやばかったのです。
 今回は前回にも登場したGWのもう一つの側面、平川武治氏主催のlepli会について少々。
 平川氏については、ファッション批評の話しの中でよく名前を聞く方であり、このおっさん何者だと気になり始め、それからブログを拝読させて頂くようになり、今回のlepli会参加と相成ったわけですが、日本人唯一と言われるモード・クリニシュエです。
 参加の発端はいつもお世話になっている文化学園購買部内の生地屋である四季の石田君のお誘いを受け、原宿VACANTに出向いたというわけです。この石田君も、以前登場の店長恩田さんに劣らずなかなかのくせ者でして、本やらCDやらを大量に貸してくれたり、安く生地を譲ってくれたりと何かと良くして頂いておるのです。謝謝。
 敬称を省略して当初から君付けで呼んでいますが年上です。ちなみに僕は山中さんと呼ばれています。笑 まあ僕は老けてるのでしょうがないですね。石田は礼儀正しい素敵な方です。生地買ったらお菓子くれます。生地をお探しの方は是非。
 そんな流れで参加したlepli会ですが、なんと言ったらいいのでしょう。いや、もう言葉にしたくない、陳腐な表現しか出来ないのなら。それくらい有意義で、価値のある時間でした。
 あんなに浄化作用のあるトークイベントなかなかないと思います。話しを聴いているだけで心が洗われるようでした。それは、平川氏が自分の為す事に対して、常に真摯に向き合い、その仕事の清潔さに由来するものだと感じています。
 ファッション業界の裏話から、今後のファッションの可能性などテーマは多岐にわたりとても示唆に富んだお話を伺う事が出来た上に、逆指名でまさかの質問までしてしまい、若干の失態をさらしてしまいました(あまりに予想外のことでテンパリまくり、頭が真っ白になりかけた私は特に面白くもない質問をしてしまいました。笑)これはこのときだけのことではなく最近の悩みの一つ。もっと場数を踏まなければ。
 平川氏の話しの中には、普段私たちが考え、実現出来たらと思っていることが多々あり、しかもそれが歴史的な背景を踏まえて論理的に語られており、思考の段階が一段深まったという実感があります。それがどんなことであるかは、今後の活動によってお見せ出来ればと思いますが、まずは6月末の展示会にお越し下さい。そこでうんざりするくらい話してやるからよ。笑 私あまり喋らないというイメージが定着していますが、飲むとよく喋りますし、飲み過ぎるとよく吐きます。笑 本気で喋りたい方がおりましたら飲みに誘ってください。笑。平川氏とも飲みながら話してみたい。
 とにかく常に「考える」ことはとても重要なことであり、それは中に入っていけば行くほど重要性が増し、自らを客観的に、俯瞰的に見て、常に自分の立ち居場所を見定め、そこに立ち続けるために尽力していくこと。そして、何かを始めたとき持っているはずの新鮮な思いを持ち続けること。これが平川氏の講演の中の要点だったと僕は考えています。当たり前といえばそうですが、多分これを続ける事がどれほど難しい事かを経験から知っている平川氏の言葉であるからこそ響く。これが本物。
 そして、余談ですが、あまりに平川氏にやられてしまった僕は、講演後に平川氏にメールしたところ、僕が差し上げたものよりも丁寧で素敵な返信がきました。ちょっとあがりました。笑
 もう少ししたら、展示会のフライヤーというかインビテーションというか、そんな感じの物を空中散布しますので、みなさんちゃんとキャッチしてくださいね。それではまた近いうちに。バイバ〜イ。

2012年5月9日水曜日

GWの出来事。〜ここのがっこうとAKB、SNS〜


 どうも皆さんこんばんは。ご機嫌麗しゅう。右目が近視、左目が遠視という低視力ハイブリッドな眼を持つ男山中です。おかげで眼精疲労が半端ではありません。もうブログ書きたくない。笑 
 GWも終わりましたが、みなさんはどういった連休を過ごされたのでしょうか。聞いては見たものの、特に興味ないですけどね。笑
 私はと言いますと、基本的にカレンダー通りの連休などなく、ただ、街に出ると何か人が多いなと思い、後から今日が祝日であるということに気がつくといった感じで、あっという間に終わっていました。
 ただ、全くGWらしいことが無かったというわけでもなく、連休中盤には文化大革命時代の同窓会的な集まりに参加しましたし、連休後半に、最高と最悪の出来事がジェットコースターの如き落差でやって参りました。しかも、二日にわたり、全く同じ場所で!
 そうです、今回のメインテーマはもちろんこの二つの出来事について。
 一方は、本当に素晴しい時間を過ごす事が出来、また一方は、ここ一年で最も時間を無駄遣いしたと言っても過言ではない上に、気分悪くなりました。最近はあまり良くなかったものにつて書くのは辞めようと考えていたのですが、これは書かずにはいられません。ただの悪口には留めないのでご容赦下さい。
 まず最高の方ですが、原宿VACANTで催された、平川武治というファッション評論家の方の講演会、lepli会に参加したことです。これについてはもう少し後で、これについてだけ書こうと思っていますが、本当に貴重な話しが聞けましたし、久しぶりに信用に足る大人を見た気がします。自分が日頃考えている事があながち間違えていないということもわかりましたし、色々なことがクリアーになった感覚がありました。やはり、人も動物ですから勘が強く働いたときはそれを信じていいのではないかと思います。
 最悪の方は、written after wordsの新作の展示インスタレーションです。前日の最高の対になる形で最悪と申しましたが、これが大げさでもなんでもないから困ります。ここのがっこうではそれなりにお世話にはなりましたが、ここではそんなことは関係ない。
 もうほんとに酷かった。酷すぎる。オペラシティでの展示「感じる服〜」に関しては以前に素晴らしいとまでは言わないものの、デザイナーの山縣さんのやりたい事も理解出来ましたし、あの中で服を一切見せないというプレゼンテーションに面白さも感じていました。が、しかし、新作の服を発表しなくなってから今回で四回目でしょうか。業界では「もう服作れないんじゃないの?」などと揶揄されているようですが、今回のものは、ストーリーや内容はともかく、クオリティの面で正直プロが発表するレベルのものではなかったと思います。見た瞬間、あまりのことに血の気が引きました。そして、血の気が戻ると、目の前に並べられている“オー!マイキー”よろしくなマネキンたちを全て蹴散らしてやりたいという衝動に駆られました。あれをどんな詭弁で、何も考えていないチルドレン達に語るのでしょうか。そして、展示内容はもとより、あの日のVACANTはにわかおしゃれで業界人気取りのキッズをはじめとして、私が嫌悪する、ファッション業界っぽい気色悪さに溢れていていました。
 今回については本当に残念というしかありません。山縣さん、がっかりです。あなたは、私たちに、作品のクオリティについて、ことあるごとに言及されてきました。そのクオリティはこの程度ものだったのですか。違いますよね。私は、あなた方いわゆるヨーロッパ帰りコミュニティーの中では、今現在あなたにしか可能性を感じません。圧倒的な勘違見せてください。次は服を発表するようですので、そちらに期待しています。
 ただ、前日の平川さんの話しの中に山縣さん達の話しもあり、ここのがっこうに参加したとき感じた、あの締まりのない感じは、講師の方の人となりに由来していることがわかりました。下記において、勢井も言及していますが、私は今回の事から、“ここのがっこう”と“AKB48”、そして日本におけるSNSの共通点を見たように思います。
 日本のファッション教育に対する異議申し立てするという志は低くはないと思う“ここのがっこう”ですが、ヨーロッパの名門ファッションスクールという権威を武器に、ブランド大好き日本人にマーケティングをし、西山氏のIT’s大賞受賞でその名が急速に広がり、生徒は増えたが質(作品のではなく、人間的な素養の)が下がったこと、これは善くも悪くも誤算だったはずです。そして、彼らが権威主義的素振りを見せないことも戦略の一つといったところか。
 現在のここのがっこうを見ていると、“会いにいけるデザイナー”に群がる単なるファッション好きの集合という要素があると思います。もちろん、志高く真剣に取り組んでいる方もいます。ただ、全体で見ると冷やかし半分で集まる野次馬が増えていることも事実。そして、盲目的にアイドルを信じ、従っていく姿勢。そして、少し都合が悪い事実はスルー。表面的な関係であるが故に、本心は隠されたままで、妙に多い横の繋がり。もっと、闊達な議論が交わされ、健全な批評行為が行われるべきだと感じます。ここのがっこうの生徒で、山縣さん本人に、今回の展示に関して苦言を呈した人は果たして何人いたのでしょうか。言わない人は、本当に心からあの展示を良かったと思ったのか。だとしら、見る目ないね。笑 
あーあ、結局悪口になっちゃった。てへぺろ。

こんばんは、勢井です。シュトックハウゼンのコンタクテにめろめろです。
今日は私もすこしだけ。リトゥンのインスタレーションについて。
内輪感で充満したあの感じはやっぱり違うと思った。遠くから見ること、疑うことはいつ何時も必要だと、余計に感じさせられた。彼らは陶酔なのか、ふりなのか。空虚なこの胸の内。倒れるマネキンに笑顔で慌てる助手たちよ。あの内輪の中には、残念ながら否定的なクエスチョンが頭上に浮かんでしまった人が絶対にいたと思います。でもそんなことは聞かないし言わないのです。
アーメン。

2012年4月13日金曜日

告知とか告知とか告知


 毎度の事ながら、更新が滞っておりました。本当は週1くらいでは更新したいんですけどねー。巷のブロガーの皆様のように軽い感じで写真日記みたいな感じにすれば、書きやすいし、読みやすいのでしょうが、別に僕たちの日頃あった事なんか逐一お知らせしてもねー、誰も喜ばないでしょうし。流行のスタイルからは一線を画していこうと改めて強く思うばかりです、はい。新木場でライブ鑑賞(DCPRGのレコ発ライブ!とてもよかった。)から、まさかの徹夜で作業。その後渋谷パルコに朝イチ納品。そして、したくもない仕事という、ちょっとおかしなスケジュールのおかげで、ここに書いてはいけないことばかりが頭をよぎります。笑 今朝北朝鮮が花火を打ち上げたようですが、作業に追われるあまり、横目でスルーしてしまいました。多分あの時東京に落ちても気づかなかったと思います。
 まあ、更新が遅れているという事はそれなりに他の事に時間をとられているということでもありまして、一難去ってまた一難と言いましょうか、次から次へとやらなければいけないことが出てきます。自分たちのブランドの活動としては、3月に海外のコンテストに応募の締め切りがありまして、それをもって『ここのがっこう』とも決別し、次回の展示会の内容や日程が徐々に決まってきております。当初は5月末に考えていたのですが、諸々を勘案した結果、6月末に開催するということでほぼ決定しました。内容に関してはまだまだ詰めていかなければなりませんが、イメージは宇宙のごとく膨張を続けておりまして、脳内ではなかなかいい感じになってきております。自分達の中で当面のコンセプトが、はっきりしてきた手応えをつかんでいるので、期待されているかは知りません(多分されてない。笑)が、自分で宇宙のごとくとか言ってハードル上げちゃったし、嫌いな奴らと同じ土俵で戦えるように力を尽したいと思います。笑
 上記の我ながらおかしなスケジュールの件ですが、これは文化学園購買部内の生地屋『四季』の恩田氏(天然を装いながら実は切れ者の超絶イケメン社長!結婚おめでとうございます!笑)のご紹介でちょっとお手伝いさせて頂いている自由が丘のnucafeさん(運営WIT PLAATS)の渋谷パルコ出店に際し、小物をデザインさせて頂いておりまして、小物と言っても結構大きめなエプロンバッグなのですが、ちゃんとLeucadendronの名前もクレジットされています、多分。(写真アップしたかったけど、あまりにもテンパリすぎて写真撮るの忘れた!笑)
 渋谷パルコに出店しているお店は同じくWIT PLAATSが運営している有機野菜の八百屋さんtasty +(テイスティプラス)で、八百屋だけに野菜を売っているわけですが、ベジタリアンのかたもそうでない方も、是非僕たちのエプロンバッグを見るためだけに渋谷パルコに行ってみてください。他にも食器などの雑貨をはじめとして、かわいらしい店内となっています。あと渋谷の地下なのに、畑が出現しています。これはなかなか新鮮な光景でしたのでお近くにお越しの際は立ち寄ってください。
 それと、これも同じくWIT PLAATSさん関連で、4月20日に恵比寿の三越の中にオープンするお茶屋さんのユニフォームにも携わっているので、こちらも併せてどうぞ。デザインはいていませんが、結構凝ってます。
 他にもファッションのことやライブこのことなど書きたい事が山ほどあるのですが、全部書いていたらアップ出来ずに本になってしまうので今日はこの辺でドロンさせて頂きます。ばいばーい。

2012年3月6日火曜日

DCPRGのニューアルバムのジャケットがダサイ件について。


 最近更新が滞りがちなこのブログですが、とくにご報告などもないので仕方ないですね。更新していないと言ってもたまには書いていまして、このところ真面目にも程があるくらいな文面が続いてしまい猛省中の山中です。
 とは言いつつ、性根が腐りながらも、割と真面目なので書くとついつい引力に負けて堅苦しい文面になってしまうのです。ほんとはもっとポップで軽くいきたいんですけどね。
 そんな訳でね、例に洩れず堅いんです、今回も。笑
 今日、明日あたりで2012awのコレクションが終わり、一通り気になるメゾンのショーをネットでサクッとみたわけですが、「んー、良いんだよ、すごく。ラグジュアリーで、エレガントでいいんだけど、なーんだかなー。」みたいな感じ。ほんとにすごいんだけどね。まぁ最近の感想大体いつもこの調子。
 で、もう自分でも嫌になるほどよく例え話に登場してくるあのブランドですよ。海外のジャーナリストはcommeって略してるらしいことが最近分かったcomme des garcons。腹立つけど、良いんですよね、これが。   前回が個人的にはあまり良くなかったと思っていたので、余計に今回は素晴しかったように感じてしまった。
 Comme des garconsと言えば、前回の日記で、雑誌penでの特集が良くないと勢いで失望混じりにかきましたが、あれはあれで良かったんでしょうね、きっと。と今は思っています。売れ行きも絶好調だったみたいですから。ただ僕が求めていたものでは無かったというだけのことです。pen如きに期待してしまった僕がいけないんですね。
 話しを戻しましょう。今回のギャルソンは、2Dつまり超平面服。Style.comのレビューによれば「世の中が3Dを志向するなら私たちは逆に行くわ。ふんっ。by川久保玲 」ということらしいです。笑
 WWDにちょっとおもしろい記事がありまして、向千鶴という人が書いたもので、ファッションは「わかる」ものなのかというタイトルです。この記事の中でこの人は、ファッション業界以外の人と仕事すると「私ファッションわからないですから」と困惑したような顔するということを端緒として、日本においてcomme des garconsの登場以降ファッションの世界に見えない知的な「階級」を作り出し、そのことが上記のような「私、ファッションわからないですから」という困惑を引き起こしているのだと言っています。わからなくはないけど、ちょっと論理的な飛躍は否めません。笑 ただ、「フロントローに座る人たちを観察すると、恐らく私と同じように「わからない」であろう、少々呆けた表情の人が特にショーの後半は大勢いました。しかし、フィナーレでは鳴り止まない拍手が続いたのです。拍手を続ける人たちは「わかって」いたのか、それとも「わからない」難問を投げかけてくる、そのこと自体を賞賛していたのか、正直謎でした。そして、その拍手に「盲信」の匂いを感じて、私は反発を覚えました。」としていることには共感するところがありました。それは、comme des garconsに対する盲信的な礼賛に私も違和感を感じているからです。Comme des garconsにも良いときと、そうではないときはあります。もはや、伝説と化しているcomme des garconsのクリエーションはファッション界以外の人たちからも賞賛の声が上がるほど。いいときにそれが起るのはファッションにとって本当に素晴しいことですが、良くないときにも反応はあまり変わらない。もちろん、何をもって良いとするかには、多くの基準があるでしょうから、一概には言えませんが、その雰囲気には何か胡散臭さを感じてしまいます。鉄の女川久保怜は、ヤマモトヨウジ氏のように裸の王様にはなることはないでしょうが、comme des garconsを取り巻く多くの言説はあまり信用出来ない事は確かだと思います。
 今回のショーに関しても、ファーストルックを見た瞬間に良いと思った私も、もちろん全てを「わかった」わけではありませんが、しばらく落ち込むほど頭に残りました。ファッションに限らず本当に素晴しいクリエーションは人を眠れないほど考えさせます。それは、わかりやすい表現がもてはやされる昨今の日本においては強烈なカウンターとなっています。良くも悪くも、まだしばらくはcomme des garconsの呪縛は払拭できそうにありません。これを乗り越える事は特に日本でファッションに関わる以上容易ではありませんが一つの目的たりえることに違いありません。

2012年2月1日水曜日

鬼は外、フクは…?


 遅ればせながらというか、今更も今更、ですが、明けましておめでとうございます。笑 
 みなさん、ご機嫌麗しゅう。もうすぐ節分ですね。少し前のことになりますが、芥川賞を受賞された方の不機嫌会見、私は嫌いではありません。ただ、もう一人の受賞者の方が全くと言っていいほど取り上げられていないことにはメディアの危うさを感じます。どうも山中です。タイトルから駄洒落ですいませんでした。皆さんもスリップにはご注意を。まだ道凍ってるところあるからね。
 常にそれを感じながら日々を過ごすというのは、困難ですが、人はいつ、どのように死に至るかというのは分からず、常にそれと隣り合わせであり、著名人であれ知己の友人であれ、家族であれ、誰かの存在の消失によって、それは鮮明に浮かび上がるものです。最近ですと川勝正幸氏が火事によって亡くなられたことでふとそれを感じました。ご冥福をお祈り致します。
 私の中では、今はWEB版のみになってしまったSTUDIO VOICEなどで活躍されていた印象の強い川勝氏ですが、日本のユースカルチャーの形成に大きく影響を与えた功績は希有なものがあると思います。それにしてもSYUDIO VOICEは良い雑誌だったのになぁ。好きな雑誌がどんどん無くなっていきます。それに比べて、今月号のPenの体たらくときたら。一冊丸ごとcomme des garcons特集とかいうからちょっと期待しちまったじゃねーか…。これはもう紙の無駄遣いとしか思えません。Penに限った事ではありませんが、地球環境と私のためにもっと良い雑誌を作って欲しい。いいものが消え、そうではないものが生き残るという現状にはやるせなさという残尿感が残ります。いいものは生き残るというのは今やただの幻想になってしまったのか。
 昨年末からこんなことばかり書いているので、もはやファッションをやっている人のブログではないような様相を呈しています。苦笑
 ファッションデザインは総じて軽い表現がいいらしい。ファッションの軽さについては以前少し書かせて頂きましたが、軽い表現と相性がいいのはもちろん経験的に感じています。では、軽いだけではない、ファッションは一体どのように表現したら良いのかは迷宮入り。軽い=薄いではないのではないと考えていますが、自問してもノーアンサー。
 先日、知人の展示受注会を覗きに行ってきました。これは天地神明に誓って悪意は全くありませんが、私たちとはアプローチも表現も異なっており、正直私たちには出来ないものでした。良い意味で表現が軽い。そして、ちょこちょこ売れているみたいでした。売れる事はいい事です。が、それだけを目指して作っていくということは私たちには出来ない。
 次の展示会で答えの一端をお見せしなければなりません。
ということで、今年もひとつよろしくお願い致します。
 

2011年12月31日土曜日

2011.12.31


 2011年も残り時間となりました。今年を振り返って総括してみようかと思います。おっと、毎度申し遅れております、またまた山中です。
 もう、ここにはおそらく私しか書かないので来年からはもう名乗るのを辞めます。
 TVショーでは、震災関連のニュース特番などがしきりに放送されています。きっと、2011年のことは2011年で終わりにしたいのでしょう、きっと。このまま今回の震災が浮き上がらせた現代日本の歪みも震災自体とともになし崩し的に流れていってしまったら、(おそらくそうなるけど)もうこの国は終わってしまう。早くこの国から脱出しなければ。
 こんな世間のインテリの方が言っているようなことを言っても仕方が無いのですが、ちょっとまじめなこと言ってみたい年頃なのでご容赦下さい。
 ただし、誤解を恐れずに申し上げると、私は学生の時分から震災と言わず、社会に対して大きく作用する抗いようの無いような強大な力とそれに伴う大きな変化を心のどこかで希求していました。革命などというものは起りそうも無いこの国において、大きな変化はそういった力によってしか起こりえないとどこかで感じていたからです。
 もちろん、震災で被災された方、亡くなられた方に対しては心からお悔やみ申し上げますが、そういった方の犠牲を無駄にしてはならないという気持ちでおります。
 ただ、震災前から、今の日本にどうしようもない閉塞感を感じ、自分もそれを打開する力の一端を担いたいと思っていましたし、その手段として私はファッションを選択しました。
 そして今年、私たちは小さな、小さな一歩を踏み出しました。ここでは書きませんが、閉塞しきったように見える日本のファッション界において、新しさとは何かを考え、あの時点での答えを展示会で出しました。
 自分達としては満足のいくものではありませんでしたが、ただ、新しさといういみでは、1mmはあったと自負しています。
 世の中に蔓延するクソ面白くないファッションに対して、ほんのわずかなカウンターにはなったと思います。ただ、カウンターはきっちり当てていかなければなりません。そのためにカウンターの威力と精度をあげなくてはなりません。これは来年の課題です。
 震災とともに今年の大きな出来事として、中東、アフリカで起った独裁政権を打破した革命の連鎖です。インターネットの普及が主な要因としてあげられており、それは間違いない事実ですが、それはあくまでも手段の問題です。
その根本には、変化を求めた一人一人の力があったはずです。
 ダーウィンは、『最も強い者が生き延びるのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化出来る者である』と言っています。
 現状を分析し、変化を求め、環境に適用する事でのみ、新しいものが見えるのだと思います。
 菊地成孔は2011年の震災後のこの状況をalter warと呼び、不謹慎ながら
「非常に充実した、爽快で戦闘的な気分になった」と言っています。そして、「生きる事が、死の自覚によってのみ燃え上がるというのは知っている」とも。
 私は、これを震災前には、母が他界した際に感じました。そして、今年再びそれを感じました。
 来年は今年あの日以来私の中で止まったようだった時計の針を進めていく年にしなければならないと思います。
 あらゆる意味で正念場は、これからです。
 2011年お世話になりました皆様にこの場で心から御礼申し上げます。そして、2012年が一人でも多くの人にとって、そして私達にとって実りの多い年となりますように。それでは、また新年。

追記
現在私の携帯が死んでおりますので、もし何かご連絡の際は、ドメインを@i.softbank.jpにして送ってください。

2011年12月27日火曜日

重森三玲とファッションの軽さについて


 今年の総括はまだ若干早いですが、最近更新しておらず、そろそろ誰も読まなくなったかと思いますのでまた更新してみようかと。
 どうも、皆さんこんばんは。山中です。みなさーん、今日もつぶやいてますかー?笑
 更新していない間、当欄について、「長いから最後まで読めない」、「長いのはいいけど、改行や行間を工夫した方がいい」などと言ったご意見、ご感想を頂きました。ただ、まあ内容については大した反応もないし全部無視してやろうと固く、固く決意した次第です。
 そんなことはさておき、最近あった事といえば、約2年弱お世話になった場所を煙突から出入りするサンタさんのごとく、誰にも気づかれることなくこっそり脱出し、その感傷に浸る間もなくクリスマス突入、そのクリスマスも開けてみたら近年まれにみる上出来なクリスマスを過ごし、気づけば今年も残りわずかな感じです。
 出会いがあれば別れがあるのは世の常と申しますか、もはやクリシェですが、出会いも良いですが、別れも悪くないですね。まあ無常観てやつです。別れがある事で、色々な事に気づかされますから、長い目で見たら別れもまたよしと言ったところでしょうか。あんまりこういうこと書くとロマンチストだと思われてもしゃくだし、粋じゃないのでこの辺でやめておきますが、今回は、最近観た『重森三玲展』について少々書きます。
 この展示は青山のワタリウム美術館で開催されているもので、重森三玲の手がけた庭園が会場内に再現されていたり、会場音楽を細野晴臣が手がけていたりとなかなか期待値が高めだったのですが、展示内容は期待通りというかまあ普通に良かった感じですが、重森三玲の作り出す日本庭園の美しさや潔さ、革新性など、久しぶりに、何かを観てその美しさにため息しか出ないような感覚を経験しました。現在言われているようなジャパンクールも悪くはないですが(大体はダメだけど)、そんな華奢で表面的なものを一瞬で吹き飛ばし、これぞ日本的美意識だと感じたわけです。
 重森三玲は、華道、書道、茶道などに精通し、独自の美意識で日本庭園を創作した人物で、イサム ノグチなどとも親交があった人物です。
 今回感じたのは、作品の素晴らしさもさることながら、彼の作品や言葉から感じる事が出来る思想、哲学の素晴らしさです。行って頂ければ分かるのであまり具体的には書きませんが、私たちはファッションを表現手段としていますので、ファッションとの関係について書きます。
 私はファッションには、本質的に、良くも悪くも「軽さ」といものが存在していると思っています。この「軽さ」ゆえにいわゆる時代を映す鏡にもなり得ますし、表現手段としては文字通り軽んじられる要因にもなっているのではないかと思います。表現手段として軽んじられているというのは、音楽やアートと同列で語られることがほとんどない、学問として体系的な教育がなされていないということです。アートとファッション、音楽とファッションの関係性については興味深い考察もありますが、アート、音楽のように単体での批評は最近こそ機運が高まっているとはいえ、それもこれまでほとんど行われてこなかったいうことの裏返しでしょう。特に日本においてはその傾向が強いように感じており、日本の国立美術大学つまり東京芸大にはファッションを専攻する学部学科が存在しないことは、その最たる例といえるでしょう。
 人にとって一番身近で手軽な自己表現手段であり、それ故の存在としての軽さは、ファッションの背負った宿命です。これは他の分野とは分かち合う事が出来ない問題かもしれません。
 しかし、だからこそ私は、ファッションに携わるものとして、重森三玲が日本庭園や茶室に対して行ったように、徹底的且つ真摯にそうした問題と向き合い、確固たる哲学と思想を持って表現していかなければならないのだと思います。そして、そのようにやってきた者だけが最後まで残るのだと信じています。
 念のため言っておきますが、最後は気合いだとか、思いが強ければ必ず伝わるなどと言った陳腐な精神論とかじゃないからね?笑
 今回鑑賞した、重森三玲の創作した日本庭園には、彼の全てがあった。彼の言葉にもあるように、そこに立てられていた石は重森三玲自身だと感じることが出来るのです。
 『感じる服 考える服〜』より数段おすすめですので、よかったら是非。私は、彼の著作を、餞別に頂いた菊地成孔・大谷能生著の『憂鬱と官能〜』と共に正月休みの課題図書にしようと思います。
 今回はそんなに長くなかったからみんな最後まで読めたかな〜?笑
それでは、最後までお付き合いありがとうございました。また次回の更新で。(年内にもう一回くらい更新する予定です。)