2012年4月13日金曜日

告知とか告知とか告知


 毎度の事ながら、更新が滞っておりました。本当は週1くらいでは更新したいんですけどねー。巷のブロガーの皆様のように軽い感じで写真日記みたいな感じにすれば、書きやすいし、読みやすいのでしょうが、別に僕たちの日頃あった事なんか逐一お知らせしてもねー、誰も喜ばないでしょうし。流行のスタイルからは一線を画していこうと改めて強く思うばかりです、はい。新木場でライブ鑑賞(DCPRGのレコ発ライブ!とてもよかった。)から、まさかの徹夜で作業。その後渋谷パルコに朝イチ納品。そして、したくもない仕事という、ちょっとおかしなスケジュールのおかげで、ここに書いてはいけないことばかりが頭をよぎります。笑 今朝北朝鮮が花火を打ち上げたようですが、作業に追われるあまり、横目でスルーしてしまいました。多分あの時東京に落ちても気づかなかったと思います。
 まあ、更新が遅れているという事はそれなりに他の事に時間をとられているということでもありまして、一難去ってまた一難と言いましょうか、次から次へとやらなければいけないことが出てきます。自分たちのブランドの活動としては、3月に海外のコンテストに応募の締め切りがありまして、それをもって『ここのがっこう』とも決別し、次回の展示会の内容や日程が徐々に決まってきております。当初は5月末に考えていたのですが、諸々を勘案した結果、6月末に開催するということでほぼ決定しました。内容に関してはまだまだ詰めていかなければなりませんが、イメージは宇宙のごとく膨張を続けておりまして、脳内ではなかなかいい感じになってきております。自分達の中で当面のコンセプトが、はっきりしてきた手応えをつかんでいるので、期待されているかは知りません(多分されてない。笑)が、自分で宇宙のごとくとか言ってハードル上げちゃったし、嫌いな奴らと同じ土俵で戦えるように力を尽したいと思います。笑
 上記の我ながらおかしなスケジュールの件ですが、これは文化学園購買部内の生地屋『四季』の恩田氏(天然を装いながら実は切れ者の超絶イケメン社長!結婚おめでとうございます!笑)のご紹介でちょっとお手伝いさせて頂いている自由が丘のnucafeさん(運営WIT PLAATS)の渋谷パルコ出店に際し、小物をデザインさせて頂いておりまして、小物と言っても結構大きめなエプロンバッグなのですが、ちゃんとLeucadendronの名前もクレジットされています、多分。(写真アップしたかったけど、あまりにもテンパリすぎて写真撮るの忘れた!笑)
 渋谷パルコに出店しているお店は同じくWIT PLAATSが運営している有機野菜の八百屋さんtasty +(テイスティプラス)で、八百屋だけに野菜を売っているわけですが、ベジタリアンのかたもそうでない方も、是非僕たちのエプロンバッグを見るためだけに渋谷パルコに行ってみてください。他にも食器などの雑貨をはじめとして、かわいらしい店内となっています。あと渋谷の地下なのに、畑が出現しています。これはなかなか新鮮な光景でしたのでお近くにお越しの際は立ち寄ってください。
 それと、これも同じくWIT PLAATSさん関連で、4月20日に恵比寿の三越の中にオープンするお茶屋さんのユニフォームにも携わっているので、こちらも併せてどうぞ。デザインはいていませんが、結構凝ってます。
 他にもファッションのことやライブこのことなど書きたい事が山ほどあるのですが、全部書いていたらアップ出来ずに本になってしまうので今日はこの辺でドロンさせて頂きます。ばいばーい。

2012年3月6日火曜日

DCPRGのニューアルバムのジャケットがダサイ件について。


 最近更新が滞りがちなこのブログですが、とくにご報告などもないので仕方ないですね。更新していないと言ってもたまには書いていまして、このところ真面目にも程があるくらいな文面が続いてしまい猛省中の山中です。
 とは言いつつ、性根が腐りながらも、割と真面目なので書くとついつい引力に負けて堅苦しい文面になってしまうのです。ほんとはもっとポップで軽くいきたいんですけどね。
 そんな訳でね、例に洩れず堅いんです、今回も。笑
 今日、明日あたりで2012awのコレクションが終わり、一通り気になるメゾンのショーをネットでサクッとみたわけですが、「んー、良いんだよ、すごく。ラグジュアリーで、エレガントでいいんだけど、なーんだかなー。」みたいな感じ。ほんとにすごいんだけどね。まぁ最近の感想大体いつもこの調子。
 で、もう自分でも嫌になるほどよく例え話に登場してくるあのブランドですよ。海外のジャーナリストはcommeって略してるらしいことが最近分かったcomme des garcons。腹立つけど、良いんですよね、これが。   前回が個人的にはあまり良くなかったと思っていたので、余計に今回は素晴しかったように感じてしまった。
 Comme des garconsと言えば、前回の日記で、雑誌penでの特集が良くないと勢いで失望混じりにかきましたが、あれはあれで良かったんでしょうね、きっと。と今は思っています。売れ行きも絶好調だったみたいですから。ただ僕が求めていたものでは無かったというだけのことです。pen如きに期待してしまった僕がいけないんですね。
 話しを戻しましょう。今回のギャルソンは、2Dつまり超平面服。Style.comのレビューによれば「世の中が3Dを志向するなら私たちは逆に行くわ。ふんっ。by川久保玲 」ということらしいです。笑
 WWDにちょっとおもしろい記事がありまして、向千鶴という人が書いたもので、ファッションは「わかる」ものなのかというタイトルです。この記事の中でこの人は、ファッション業界以外の人と仕事すると「私ファッションわからないですから」と困惑したような顔するということを端緒として、日本においてcomme des garconsの登場以降ファッションの世界に見えない知的な「階級」を作り出し、そのことが上記のような「私、ファッションわからないですから」という困惑を引き起こしているのだと言っています。わからなくはないけど、ちょっと論理的な飛躍は否めません。笑 ただ、「フロントローに座る人たちを観察すると、恐らく私と同じように「わからない」であろう、少々呆けた表情の人が特にショーの後半は大勢いました。しかし、フィナーレでは鳴り止まない拍手が続いたのです。拍手を続ける人たちは「わかって」いたのか、それとも「わからない」難問を投げかけてくる、そのこと自体を賞賛していたのか、正直謎でした。そして、その拍手に「盲信」の匂いを感じて、私は反発を覚えました。」としていることには共感するところがありました。それは、comme des garconsに対する盲信的な礼賛に私も違和感を感じているからです。Comme des garconsにも良いときと、そうではないときはあります。もはや、伝説と化しているcomme des garconsのクリエーションはファッション界以外の人たちからも賞賛の声が上がるほど。いいときにそれが起るのはファッションにとって本当に素晴しいことですが、良くないときにも反応はあまり変わらない。もちろん、何をもって良いとするかには、多くの基準があるでしょうから、一概には言えませんが、その雰囲気には何か胡散臭さを感じてしまいます。鉄の女川久保怜は、ヤマモトヨウジ氏のように裸の王様にはなることはないでしょうが、comme des garconsを取り巻く多くの言説はあまり信用出来ない事は確かだと思います。
 今回のショーに関しても、ファーストルックを見た瞬間に良いと思った私も、もちろん全てを「わかった」わけではありませんが、しばらく落ち込むほど頭に残りました。ファッションに限らず本当に素晴しいクリエーションは人を眠れないほど考えさせます。それは、わかりやすい表現がもてはやされる昨今の日本においては強烈なカウンターとなっています。良くも悪くも、まだしばらくはcomme des garconsの呪縛は払拭できそうにありません。これを乗り越える事は特に日本でファッションに関わる以上容易ではありませんが一つの目的たりえることに違いありません。

2012年2月1日水曜日

鬼は外、フクは…?


 遅ればせながらというか、今更も今更、ですが、明けましておめでとうございます。笑 
 みなさん、ご機嫌麗しゅう。もうすぐ節分ですね。少し前のことになりますが、芥川賞を受賞された方の不機嫌会見、私は嫌いではありません。ただ、もう一人の受賞者の方が全くと言っていいほど取り上げられていないことにはメディアの危うさを感じます。どうも山中です。タイトルから駄洒落ですいませんでした。皆さんもスリップにはご注意を。まだ道凍ってるところあるからね。
 常にそれを感じながら日々を過ごすというのは、困難ですが、人はいつ、どのように死に至るかというのは分からず、常にそれと隣り合わせであり、著名人であれ知己の友人であれ、家族であれ、誰かの存在の消失によって、それは鮮明に浮かび上がるものです。最近ですと川勝正幸氏が火事によって亡くなられたことでふとそれを感じました。ご冥福をお祈り致します。
 私の中では、今はWEB版のみになってしまったSTUDIO VOICEなどで活躍されていた印象の強い川勝氏ですが、日本のユースカルチャーの形成に大きく影響を与えた功績は希有なものがあると思います。それにしてもSYUDIO VOICEは良い雑誌だったのになぁ。好きな雑誌がどんどん無くなっていきます。それに比べて、今月号のPenの体たらくときたら。一冊丸ごとcomme des garcons特集とかいうからちょっと期待しちまったじゃねーか…。これはもう紙の無駄遣いとしか思えません。Penに限った事ではありませんが、地球環境と私のためにもっと良い雑誌を作って欲しい。いいものが消え、そうではないものが生き残るという現状にはやるせなさという残尿感が残ります。いいものは生き残るというのは今やただの幻想になってしまったのか。
 昨年末からこんなことばかり書いているので、もはやファッションをやっている人のブログではないような様相を呈しています。苦笑
 ファッションデザインは総じて軽い表現がいいらしい。ファッションの軽さについては以前少し書かせて頂きましたが、軽い表現と相性がいいのはもちろん経験的に感じています。では、軽いだけではない、ファッションは一体どのように表現したら良いのかは迷宮入り。軽い=薄いではないのではないと考えていますが、自問してもノーアンサー。
 先日、知人の展示受注会を覗きに行ってきました。これは天地神明に誓って悪意は全くありませんが、私たちとはアプローチも表現も異なっており、正直私たちには出来ないものでした。良い意味で表現が軽い。そして、ちょこちょこ売れているみたいでした。売れる事はいい事です。が、それだけを目指して作っていくということは私たちには出来ない。
 次の展示会で答えの一端をお見せしなければなりません。
ということで、今年もひとつよろしくお願い致します。
 

2011年12月31日土曜日

2011.12.31


 2011年も残り時間となりました。今年を振り返って総括してみようかと思います。おっと、毎度申し遅れております、またまた山中です。
 もう、ここにはおそらく私しか書かないので来年からはもう名乗るのを辞めます。
 TVショーでは、震災関連のニュース特番などがしきりに放送されています。きっと、2011年のことは2011年で終わりにしたいのでしょう、きっと。このまま今回の震災が浮き上がらせた現代日本の歪みも震災自体とともになし崩し的に流れていってしまったら、(おそらくそうなるけど)もうこの国は終わってしまう。早くこの国から脱出しなければ。
 こんな世間のインテリの方が言っているようなことを言っても仕方が無いのですが、ちょっとまじめなこと言ってみたい年頃なのでご容赦下さい。
 ただし、誤解を恐れずに申し上げると、私は学生の時分から震災と言わず、社会に対して大きく作用する抗いようの無いような強大な力とそれに伴う大きな変化を心のどこかで希求していました。革命などというものは起りそうも無いこの国において、大きな変化はそういった力によってしか起こりえないとどこかで感じていたからです。
 もちろん、震災で被災された方、亡くなられた方に対しては心からお悔やみ申し上げますが、そういった方の犠牲を無駄にしてはならないという気持ちでおります。
 ただ、震災前から、今の日本にどうしようもない閉塞感を感じ、自分もそれを打開する力の一端を担いたいと思っていましたし、その手段として私はファッションを選択しました。
 そして今年、私たちは小さな、小さな一歩を踏み出しました。ここでは書きませんが、閉塞しきったように見える日本のファッション界において、新しさとは何かを考え、あの時点での答えを展示会で出しました。
 自分達としては満足のいくものではありませんでしたが、ただ、新しさといういみでは、1mmはあったと自負しています。
 世の中に蔓延するクソ面白くないファッションに対して、ほんのわずかなカウンターにはなったと思います。ただ、カウンターはきっちり当てていかなければなりません。そのためにカウンターの威力と精度をあげなくてはなりません。これは来年の課題です。
 震災とともに今年の大きな出来事として、中東、アフリカで起った独裁政権を打破した革命の連鎖です。インターネットの普及が主な要因としてあげられており、それは間違いない事実ですが、それはあくまでも手段の問題です。
その根本には、変化を求めた一人一人の力があったはずです。
 ダーウィンは、『最も強い者が生き延びるのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化出来る者である』と言っています。
 現状を分析し、変化を求め、環境に適用する事でのみ、新しいものが見えるのだと思います。
 菊地成孔は2011年の震災後のこの状況をalter warと呼び、不謹慎ながら
「非常に充実した、爽快で戦闘的な気分になった」と言っています。そして、「生きる事が、死の自覚によってのみ燃え上がるというのは知っている」とも。
 私は、これを震災前には、母が他界した際に感じました。そして、今年再びそれを感じました。
 来年は今年あの日以来私の中で止まったようだった時計の針を進めていく年にしなければならないと思います。
 あらゆる意味で正念場は、これからです。
 2011年お世話になりました皆様にこの場で心から御礼申し上げます。そして、2012年が一人でも多くの人にとって、そして私達にとって実りの多い年となりますように。それでは、また新年。

追記
現在私の携帯が死んでおりますので、もし何かご連絡の際は、ドメインを@i.softbank.jpにして送ってください。

2011年12月27日火曜日

重森三玲とファッションの軽さについて


 今年の総括はまだ若干早いですが、最近更新しておらず、そろそろ誰も読まなくなったかと思いますのでまた更新してみようかと。
 どうも、皆さんこんばんは。山中です。みなさーん、今日もつぶやいてますかー?笑
 更新していない間、当欄について、「長いから最後まで読めない」、「長いのはいいけど、改行や行間を工夫した方がいい」などと言ったご意見、ご感想を頂きました。ただ、まあ内容については大した反応もないし全部無視してやろうと固く、固く決意した次第です。
 そんなことはさておき、最近あった事といえば、約2年弱お世話になった場所を煙突から出入りするサンタさんのごとく、誰にも気づかれることなくこっそり脱出し、その感傷に浸る間もなくクリスマス突入、そのクリスマスも開けてみたら近年まれにみる上出来なクリスマスを過ごし、気づけば今年も残りわずかな感じです。
 出会いがあれば別れがあるのは世の常と申しますか、もはやクリシェですが、出会いも良いですが、別れも悪くないですね。まあ無常観てやつです。別れがある事で、色々な事に気づかされますから、長い目で見たら別れもまたよしと言ったところでしょうか。あんまりこういうこと書くとロマンチストだと思われてもしゃくだし、粋じゃないのでこの辺でやめておきますが、今回は、最近観た『重森三玲展』について少々書きます。
 この展示は青山のワタリウム美術館で開催されているもので、重森三玲の手がけた庭園が会場内に再現されていたり、会場音楽を細野晴臣が手がけていたりとなかなか期待値が高めだったのですが、展示内容は期待通りというかまあ普通に良かった感じですが、重森三玲の作り出す日本庭園の美しさや潔さ、革新性など、久しぶりに、何かを観てその美しさにため息しか出ないような感覚を経験しました。現在言われているようなジャパンクールも悪くはないですが(大体はダメだけど)、そんな華奢で表面的なものを一瞬で吹き飛ばし、これぞ日本的美意識だと感じたわけです。
 重森三玲は、華道、書道、茶道などに精通し、独自の美意識で日本庭園を創作した人物で、イサム ノグチなどとも親交があった人物です。
 今回感じたのは、作品の素晴らしさもさることながら、彼の作品や言葉から感じる事が出来る思想、哲学の素晴らしさです。行って頂ければ分かるのであまり具体的には書きませんが、私たちはファッションを表現手段としていますので、ファッションとの関係について書きます。
 私はファッションには、本質的に、良くも悪くも「軽さ」といものが存在していると思っています。この「軽さ」ゆえにいわゆる時代を映す鏡にもなり得ますし、表現手段としては文字通り軽んじられる要因にもなっているのではないかと思います。表現手段として軽んじられているというのは、音楽やアートと同列で語られることがほとんどない、学問として体系的な教育がなされていないということです。アートとファッション、音楽とファッションの関係性については興味深い考察もありますが、アート、音楽のように単体での批評は最近こそ機運が高まっているとはいえ、それもこれまでほとんど行われてこなかったいうことの裏返しでしょう。特に日本においてはその傾向が強いように感じており、日本の国立美術大学つまり東京芸大にはファッションを専攻する学部学科が存在しないことは、その最たる例といえるでしょう。
 人にとって一番身近で手軽な自己表現手段であり、それ故の存在としての軽さは、ファッションの背負った宿命です。これは他の分野とは分かち合う事が出来ない問題かもしれません。
 しかし、だからこそ私は、ファッションに携わるものとして、重森三玲が日本庭園や茶室に対して行ったように、徹底的且つ真摯にそうした問題と向き合い、確固たる哲学と思想を持って表現していかなければならないのだと思います。そして、そのようにやってきた者だけが最後まで残るのだと信じています。
 念のため言っておきますが、最後は気合いだとか、思いが強ければ必ず伝わるなどと言った陳腐な精神論とかじゃないからね?笑
 今回鑑賞した、重森三玲の創作した日本庭園には、彼の全てがあった。彼の言葉にもあるように、そこに立てられていた石は重森三玲自身だと感じることが出来るのです。
 『感じる服 考える服〜』より数段おすすめですので、よかったら是非。私は、彼の著作を、餞別に頂いた菊地成孔・大谷能生著の『憂鬱と官能〜』と共に正月休みの課題図書にしようと思います。
 今回はそんなに長くなかったからみんな最後まで読めたかな〜?笑
それでは、最後までお付き合いありがとうございました。また次回の更新で。(年内にもう一回くらい更新する予定です。)

2011年11月22日火曜日

オペラシティギャラリー〜デザイナーズビレッジ


 こんばんは、leucadendronの長身でシュッとした男の方こと、イケメンだけど暗くて理屈っぽくてしつこいやつこと、でも話したら意外といい奴こと、もういいや、どうも、山中だよ。みんな元気?笑
 先週から今週にかけて、私たちの周り(一つは間接的、もう一つは直接的)な展示がありまして、良くも悪くも私たちを揺さぶるものでした。
 具体的に何があったかと言いますと、タイトルにもあります通り、一つは、初台のオペラシティギャラリーで行われている、『感じる服考える服 東京ファッションの現在形』展、もう一つは、台東区デザイナーズビレッジで行われた、ここのがっこうの展示企画『work in progress』です。この二つの展示に関して、文字通り「work in progress」な私が、「感じた」こと「考え」てみようと思います。
 以下で書くことはごくごく個人的な感想なのでご了承下さい。また、感情的なクレーマー体質で、物事を考える前に反射的に指が動いてツイートしてしまう幼児退行にドライブが効き過ぎている方、参加ブランドの中に、溢れんばかりの母性のような愛情を注いでいるブランドがある方、または、そのブランドの関係者、この企画の関係者の方は、悪いことは言いませんからここから先は読まないでください。笑(書きながら、何人か顔が浮かんでいます。)
 まず、『感じる服、考える服』展ですが、総評としては、私たちの評価は、「正直、期待はずれ」と言った内容でした。(もちろんご覧になった方によって、様々な見方があり、一概には言えない部分は多々あるとは思いますが。)これまで、いくつかのファッションについての展示を見てきましたが、その中でも屈指の退屈さでした。
 最初に断っておきますと、今回の展示を観て、それが私たちとって「よくない」と映った最大の原因はキュレーションのまずさにあると私たちは感じています。むしろ、参加ブランドはあのキュレーションや空間構成によって限られたスペースでそれぞれ健闘していたのではないでしょうか。(健闘及ばずというブランドが少なくなかったのもまた事実ですが。)
まず、現代の東京ファッションを語るという意味で、ベストなチョイスであるとは到底思えない参加ブランドの選択。(具体的にどのブランドが必要で、どのブランドが不必要であったかは宴席でしか言いませんが。というかとても言えない。笑)
詳しい事情は、興味も情報も持ち合わせていないので書きませんが、いくつかのブランドに参加オファーを断られたのではないかと邪推してしまいました。
 あれがリアルなTOKYOを表現する為の選択だとは私たちにはとても思えません。参加ブランドのチョイスがベストであったのかは定かではありませんし、あれがベストだったとしても、一般的には、名の通ったと思われるブランドが一堂に会してこの程度かという印象は拭えません。
 そして、参加ブランドの多くが消化不良、不全感を抱えているのではないかと思ってしまう空間構成を含めた展示方法。これは、普通に歩いていたら頭を打ってしまう程低く設置された梁によって、空間を間仕切り、各ブランドの展示スペースを確保するという中村竜二氏による空間構成もさることながら、会場がオペラシティミュージアムという今回の企画をするには広くもなく、かといって、狭くもないという中途半端な広さの(行かれたことがある方ならお分かりかと思いますが、通常の個展であれば何ら問題ないと思われる広さです。)スペースであのブランド数を同時に展示するという企画自体にやや窮屈さを感じるところが否めないでしょう。過去の中村氏の作品を見ても今回なぜあのような手法を用いたのか疑問が残ります。目新しさに走り過ぎて観る側は置いてけぼりと言った感じ。新しければ何でもいいといわけではありません。
 悪口(私は批評のつもりです)はいくら言ってもキリがありませんし、何より私の人格が問われるのでこの辺にして、健闘していたのではないかと思われるブランドもいくつかピックアップしてみると、writtenafterwordskeisuke kandaTheatre Productsと言ったところでしょうか。各論も書きたいのですが、細かいところまで書いていると誰にも読まれないよう長文になってしまいますので、割愛しますが、上記の三つのブランドに関しては、(個人的な好みとは別次元において)あの十分とは到底思えない各スペースにおいて、それぞれ「らしさ」が出ており、また、直接的ではないファッション表現という部分で、普段ファッションにあまり興味をお持ちでない方に対しても、また、ファッションを愛していらっしゃる方に対しても、何らかの訴求力を有していたのではないかと思います。これを両立させることはとても困難なことです。名前が挙がらなかったブランドの中でもそこそこ良かったものと、全然ダメものがありますが、これは自粛します。皆さんが、自分の目で見て、「感じ」て「考え」て下さい。これはファッションに携わろうとする私たちからのお願いです。善くも悪くも、ファッションに興味を持ってもらうということのみが、この展示の狙いであるならば(そんなわけないが)、成功と言えるのかもしれません。
 これ以上長くなるともう誰も読まないのではないかと思いますが、ここまできたら書かざるを得ませんので、このまま書きます。長めの文章を読むというのも退行に対抗するための有効な手段ですよ。駄洒落ですけどね。ただ一つ、ファッションの素晴らしさを感じられなかった点が残念で仕方なかったです。
 もう一つの『ここのがっこう work in progress』の方はと言いますと、自分達も展示に参加しているのですが、展示内容に関して詳細に記述するのは控えさせて頂きます。と言うのも、文字通り、制作の過程を外部の人に公開するという性格のものであると同時に、普段ここのがっこうが行われている台東区のデザイナーズビレッジの一般公開に合わせて開催されたという性格もあるので、作品についてあーだこーだ言う必要がないと思っています。ただ、一般的な学校の、例えば文化服装学院の学園祭におけるクラス展示よりははるかに面白いとは思います。
 ですので、ここでは『work in progress』の開催中に行われた、トークイベントについて触れてみようかと思います。
 トークイベントの参加メンバーは、writtenafterwordsデザイナーの山懸さん、mikio sakabeデザイナーの坂部さん、アーティスト集団chimpomの卯城さん、chaos launge代表の黒瀬さんと、謎の文筆家のhouさんという面々。
 開始前の予想としては、日本の学校教育(特にアートやファッションなどの分野においての)の課題と、それに対する対策と言った感じかと思っていましたが、教育については触れられず、アートとファッションの関係性と今後の展開というテーマで進行されていきました。
 全体的には、予定調和的というか、「まあそうだよね」的な議論が行われ、やや肩すかしを食らった感が否めませんでした。卯城さんは予定調和を必死に排除しようとしていましたが、ファッション関係者だけではなく、一般向けとういか、聴いている人があまり限定的では無かったので当然といえば当然の結果なのでしょうが。私としては、彼らのオフトークに興味があります。
 トークイベント全体のテーマでもあったアートとファッションの関係性などについては、私たちも日頃から考えを巡らせているところでもありますし、もっと突っ込んだ議論の必要性を感じています。朝まで生テレビとか専門用語とか分からずとも、観ていて面白いですし、分かりやすいものだけがいいとは限りませんから。
 また、トークイベントの中でも触れられていましたが、業界の縛りや柵を排して、より根本的な関わり方を模索して、新たな展開を示すことは日本のファッションの停滞に対する有効な手段になり得ると思われますし、私たちが目指す方向の一つでもあります。これについては、次回の展示会でその一端をお見せ出来るようにしたいと思ってんだよね。
 ここまで全文を読んでくれた人とは仲良くなれる気がします。ありがとうございました。ではでは、また次回の更新で。おやすみなさい。

2011年11月7日月曜日

展示会総括

 昨日も当欄で申し上げましたが、展示会にお越し頂きました総ての皆様に改めて心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
 撤収作業も考えていたより早く終了し、現在、安堵感、心地よい疲労感とともに頂いたお酒で祝杯をあげており、気恥ずかしさとアルコールで顔を赤らめながらこのブログを更新しております。
 現在世田谷区の我が家は頂いたお土産によって、さながらお菓子の家のような状態になっております。当分おやつに困ることはないでしょう。こんなにおやつを貰えるならずっと展示会していたいくらいです。
 すいません、今回も申し遅れました、こんばんは、森進一です。失敬。Leucadendronのブログ担当山中です。ほろよい気分で今回の展示会の総括などしてみようかなと。
 私たちにとっての初めての展示会、Leucadendron Presents "Experimentation" #0 -ミッシングセブンの幽体離脱地下研究所 前編-を無事?と言いますか、なんとか終えまして、色々と感じることがありました。
 Experimentationの文字通り、少々実験的というか、いわゆるファッションブランドの展示会という形式のものではなかったので、想像との違いに戸惑いや違和感を感じられた方も少なからずいらっしゃったのではないでしょうか。またそれとともに、想像とのギャップに、かえって、好意的な感想を抱かれた方もこれまたいらっしゃったのではないかと思われます。いずれにせよ、私たちの世界観、今回の展示のテーマである幽体離脱の空気感を、そして後編、ひいては今後の私たちの活動に対しての期待感を少しでも感じていただければ、これ幸い。という思いでおります。
 何かを表現して、それを公にする時には、必ず賛否両方の意見や感想が存在すると思われますし、至極当然なことだと思います。また、その賛否両論が苛烈であればあるほど発表した側としては喜ばしいことでもあります。ご覧頂いた後に、その人の中に何も残らないというのが一番悲しく辛いことではないでしょうか。
 実際今回の展示に関して、好意的な意見が多かったというのが実感ですが、やはり、否定的な意見があったのも事実です。特に否定的な意見に対しては、正論として受け止めているとともに、私たちの意図が理解されるに至らなかったということに対して、反省とともに反論があることも事実です。もちろん今回の展示会について、100%満足しているわけはなく、数多くの課題が発見出来たことも収穫の一つです。
 私個人的には、観たり、聴いたりしたファッションやアート、音楽などについて議論や対話することが好きという面倒くさい性格であるということもあり、ご覧頂いた後に賛否両論真っ二つの議論が巻き起こるようなもの、ファッションの分野だけではなく、世の中に何かを問いかけるようなもの、波風を立てるようなものを創造していきたいと常々思っております。
 今回の展示がお越し頂いた皆様の中にどれだけの痕跡を残せたかは未知数ではありまが、展示会場で直接感じた反応や、観賞後にtwitterやfacebook等のメディアを通じた感想は可能な限り目を通し、全ての意見を真摯に受け止めて今後の活動のモチベーションにさせて頂きます。ご覧頂いた感想などどのような感想でも結構ですので、お会い出来る方は直接、それが難しいかたは、メールアドレスを公開しておりますので、気軽にご連絡頂ければと思います。
 会場にて、ご説明させて頂いたように、今後(今回が前編で次回が後編)の展開としては、幽体離脱を疑似体験できる装置(視聴覚交換マシーンといいます)を制作しておられるアーティストの方と連携して、体験型のアートインスタレーションと共に服を発表、試着して頂けるような形に発展させていければと考えております。容易ではないとは思いますが、ファッションにさほど興味をお持ちでない方にも、楽しんで頂きながら、ファッションに興味を持って頂けると確信しておりますので、実現させます。
 そしてなにより、今回の展示にお越し頂いた方も、頂けなかった方も次回の後編に期待していてください。今回提示させて頂いた世界観を発展させ、その世界観を反映した服をお目にかけたいと思っております。乞うご期待!という感じで締めくくらさせて頂きます。
 最後に勢井から一言頂きたいと思います。ではどうぞ。
 ぽんぽこぽんぽんぽこぽんぽーん!